コタままのブログ

1歳4ヶ月差、年子兄弟のママ。育休明けしたよ〜ブログ

読み返し2

『不満を選ぶか不安を選ぶか』

劣等感について本人にはどこにも責任がないかというとそうではない。
大人になってからも深刻な劣等感のあるひとには責任がある。それは小さい頃からひとつひとつの行動の選択において、自分が選択したのだということ。
不満と不安の選択において、不満を選択してきた。周囲になにを言われても自分が違った選択をする可能性はあった。しかしそれ以外の選択をすることは不安だった。その不安を選ぶよりも、そのときの不満を選んだほうが心理的に楽なので、そのときの不満を選んだ。その結果が深刻な劣等感だ。
成長するには不安は避けられない、混乱は避けられない。その不安を避けようとすれば不満を選ばざるを得ない。劣等感のあるひとは、成長と退行の選択のなかで成長を選択できなかった。もちろん成長を選択できなかったのにはそれなりの理由がある。しかし、劣等感を乗り越えるためには、この人生を『自分が選んだのだ』という意識をもつことが大切。
『自分が選んだのだ』という意識があるからこそ、今度は成長を選択できる。不安だけれとも、困難や混乱を覚悟で成長を選択できる。そして最後には劣等感を乗り越えられる。それが人格の再構成である。自分をもう一度つくりあげることである。新しい自分つくる、それを怠れば、劣等感は自分の責任になる。

自分の心を変えようとしないで、外側の現実を変えようとしているかぎり、死ぬまで劣等感が消えることはない